教員・研究案内

食品栄養化学研究室 (西村)

西村 直道

 大腸はこれまで水分と一部のミネラルを吸収し、糞便を作るためだけの消化管であると考えられてきました。しかし、大腸にはヒトの体細胞数を凌ぐ細菌が常在し、宿主と共生関係にあります。 その種類は500〜1000種にもおよび、細菌間でも共生関係が成り立ち、細菌叢の多様性を保ちながら生態系が築かれています。 これらの細菌は栄養素を取り込み代謝を行うことで、ガス成分(水素(H2)やメタンなど)や短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、n-酪酸など)を生成することによりエネルギーを生産しています。 また、一部の細菌はビタミン類も生成しています。大腸内の腸内細菌の代謝機能はヒト肝臓のそれに匹敵すると考えられており、腸内細菌叢はいわゆるひとつの「臓器」ともいえます。 したがって、環境要因などによる腸内細菌叢の大きな変化は、臓器障害に相当する変化を宿主にもたらすかもしれません。これまでに腸内細菌叢の撹乱が、宿主の疾病発症に関わっている可能性も多く示されてきています。 この研究室では宿主が摂取する難消化性成分(特に難消化性糖質)が腸内細菌の構成に及ぼす影響とそれによる大腸発酵の変化が宿主に引き起こす応答についてラットやヒト糞便を用いて調べ、生活習慣病発症予防との関係を明らかにすることを目的としています。 以下に概要を示します。

1.大腸発酵におけるビタミンの重要性と腸内細菌が作り出すビタミン

 この研究課題は数年前に開始したもので、現在当研究室の主力テーマです。 特にビタミンB12(VB12;コバラミン)について研究を進めており、最近ビオチンについても研究をはじめました。 私たちの研究室でVB12に取り組み始めたのは、VB12が腸内細菌の構成を安定に維持する因子の一つであるからだと推定しているからです。 VB12はコバルトを構成成分としてもつ非常に複雑な有機化合物です。 地球上の生物においてVB12を合成できるのはほとんど細菌と古細菌であり、脊椎動物はこれを合成できません(もちろんヒトもです)。 腸内細菌の大半はVB12を必要としますが、VB12を合成できる細菌種は極めて少ない。 したがって、VB12を適切に大腸にデリバリーできなければ、これを必要とする細菌が大腸に常在することが困難になり、細菌叢の構成を正常に保てなくなると考えられます。

 食事で摂取するVB12は極めて少なく、大腸にもたらされるVB12量が不足した場合、腸内細菌叢は乱れ、宿主であるヒトに疾病を生じる可能性が考えられます。そのため私たちの研究室では、

1)大腸内の細菌叢とそれによる発酵を健全に保つことを考慮した、適切なVB12摂取量の解明
2)大腸内の細菌によるVB12合成を促すための栄養補給の可能性探求
3)VB12合成能をもつ腸内細菌の同定
4)VB12合成能や大腸発酵パタンにおけるヒト腸内細菌とラット腸内細菌との比較

などを現在目標として研究しています。ようやくこの研究の最初の段階ができつつあります(図1)。 最初にVB12研究に携わった指導学生は、日本食物繊維学会第25回学術集会(2020年11月)でトピックス賞を受賞し、 次の学生が最近行われた第75回日本栄養・食糧学会大会(2021年7月)でトピックス賞学生優秀発表賞のダブル受賞を果たしました。

2.難消化性糖質による大腸H2生成促進と酸化ストレス軽減作用

 H2は還元力を有し、生体内で酸化ストレスを軽減することが知られています。 大腸では常在する腸内細菌による難消化性糖質の発酵でH2が生成されます。私たちは大腸発酵で生成されたH2も生体内で還元性を発揮し、健康に貢献している可能性について探求しています。 この研究では、大腸でH2生成を促す難消化性糖質について調べ、H2生成が促された生体内で酸化ストレスの軽減や酸化障害の抑制が誘導され、疾病発症の予防に貢献していることを明らかにすることを目的としています。

 大腸で発生したH2が生体内にデリバリーされることにより酸化ストレスを軽減し、特に肝酸化障害を抑制することを見出しました (Br J Nutr 2012)。 その後、単原子分子のHeを除いてH2は最小サイズの分子のため、大腸から血液や肝臓だけでなく、拡散により腹腔組織、とりわけ脂肪組織に移行していることを発見しました (図2; J Nutr 2013)。 したがって、大腸H2は多くの組織でレドックスバランスを維持に寄与していると考えられます。

 最近では、大腸発酵由来のH2による脂肪組織における酸化ストレス軽減が、H2からα-トコフェロールラジカルに電子供与されることでα-トコフェロールへの再生を促されることによることを見出しました (図3; Br J Nutr 2020)。  *この研究は第72回日本栄養・食糧学会大会のトピックスに選ばれ、主として携わった学生は日本食物繊維学会第23回学術集会(2018年11月)で発表賞を受賞しました。

また、小腸下部におけるバリア機能を高める目的で、粘膜肥厚を目指した栄養素摂取のあり方についても研究しています(Br J Nutr 2020)。 大腸をはじめとし消化管の生理を軸に、ヒトの健康に貢献する食品栄養化学の研究をしたい人はぜひ当研究室に来てください。