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【9月8日(土)開催】第2回政治カフェのご案内(2018-08-17)

9月8日(土)15:00〜18:00(受付14:30〜)、スノドカフェ七間町(北ワシントンホテルプラザ向かい)を会場に第2回政治カフェを開催いたします。

第2回 政治カフェ@しずおか
テーマ:「新自由主義」とどうむき合うか?
ファシリテーター:竹之内裕文
日時:2018年9月8日(土)15:00〜18:00
(14:30〜受付&テーブルトーク)
場所:スノドカフェ七間町(静岡県静岡市葵区七間町7-8)
参加費:一般1,000円,学生500円(フリードリンク・お菓子付)
申込み:不要

政治カフェの概要とファシリテーターによる今回のテーマ解題は、下記のとおりです。

<政治カフェ@しずおかとは?>
 「政治」とは、背景や意見を異にする人たちが集まり、力と暴力ではなく言葉と説得によって、公共的な事柄について決定を下す営みです。したがって政治に真剣に取り組もうとするならば、言葉を大切にしなければなりません。言葉が大切にされるところでは、政治は創造的な営みとなります。日常的な経験や生活感覚に根ざした言葉を通して、同じ社会に暮らす一人ひとりの考えが受けとめられるならば、政治は異なる人たちがお互いの存在を照らし合う機会、共に生きる道を探るプロセスとなるでしょう。
 政治に対する関心を抱きつつも、議論に参加することをためらってきた人たち、あるいは、政治にかかわるこれまでの議論のあり方に失望してきた人たちをふくめて、多様な市民層が政治的な対話に参加できれば、それを通して「対話する政治文化」が形成されるでしょう。このような意味での「政治」の場を創り出す一歩として、政治カフェ@しずおかは創設されました。

<テーマ解題>
 第2回政治カフェのテーマは、「新自由主義」です。ただ「新自由主義」といわれても、ピンとこない方もおられるかもしれないですね。そこで、まず「新自由主義」について説明しておきましょう。そのうえで、「新自由主義」がなぜ政治カフェのテーマになるのか、今回のファシリテーターの考えを紹介します。
 「新自由主義」というのは、もともと経済学の用語です。新自由主義の経済学者は、次のように主張します。
『政府による経済管理(経済・金融市場への政府の介入)は非効率的で、しかも人間の自由(市場における活動の自由)を侵害する。』
新自由主義は、「富の再配分」よりも「富の創出」を重視します。そして「富の創出」が「競争」により促進されると考えます。こうして「規制緩和」と「減税」が新自由主義の合言葉になります。「金融ビッグバン」という名のもと、金融市場の規制緩和も進められました。
 新自由主義者たちは、「働かないでも生活が保証されるようになると、貧者は働かなくなる」と考え、「富と所得の再分配」政策を見直してきました。また「能力のある人たちが富を創出すれば、貧しい人たちもやがてその富の恩恵を受けられる」(トリクル・ダウン)と主張してきました。
 「新自由主義」の政策をとる政権が世界に登場するのは1980年代です。英国でサッチャー政権が、米国でレーガン政権が誕生します。新自由主義の政策・制度は、米国を拠点に、世界各国に輸出され、チリなどの発展途上国では、新自由主義の政策の「実験」が行われました。
 日本でも中曽根政権(1982-87年)が誕生し、日本電信電話公社(現NTT)、日本専売公社(現JT)、日本国有鉄道(現JR)、日本航空(JAL)の「民営化」を一気に進めました。
「新自由主義」の輪郭が見えてきたでしょうか。そう、中曽根政権以降も、日本の政権はほぼ一貫して、新自由主義の政策をとり続けてきたのです。それを代表するのが「聖域なき構造改革」を掲げた小泉政権(2001-2006年)でしょう。
 ではどうして「新自由主義」が政治カフェのテーマになるのでしょうか。それは経済の論理が経済以外の領域にも適用され、社会全体が「経済化」されてしまう危険があるからです。この点で、「聖域なき構造改革」という言葉は象徴的です。「医療」「福祉」「教育」も例外ではありません。あらゆる価値は、「自由な市場における商品の需要と供給」に基づいて決められるのです。
 「政治」もそうです。たとえば民主主義を支える原則、実践、文化、制度の価値が経済的指標(たとえば、どれだけ雇用を生み出すか、経済成長に貢献するか)で測られることになります。それとともにわたしたちは、「民主主義」はおろか、「政治」について構想する力を失っていくのではないでしょうか。
 新自由主義が前提する人間像にも、目をとめておきましょう。それは「人はもっぱら経済的合理性に基づいて、私益を追求する」というものです。この人間像からは、次のような帰結が導き出されるでしょう。人は自分自身の経済的な利得(損失)に対しては「責任」があるが、他者の経済的な利得(損失)に対しては「責任」がない。
 そもそも「わたし」にとって、「あなた」は競争相手なのです。「あなた」がどんなに困っていても、「わたし」には、「あなた」を助ける理由がありません。そうなると「連帯」は、個人の趣味の問題になります。「社会的連帯」という言葉は意味をもちません。すべてが「自己責任」だとすると、公共的なもの(教育、医療・福祉サービス、社会保障制度、科学技術の発展、社会インフラの整備)を支える理由もないでしょう。
 「新自由主義」は、特定の政治勢力と結びつきながら、影響力を広げてきました。そして今や、「人間」や「社会」の理解にも影響を及ぼしています。「民主主義」を守ろうとするならば、いや、それ以前に、「政治」という人間に固有の活動を守ろうとするかぎり、「新自由主義」とむき合う必要があるのではないでしょうか。
 「新自由主義」の経済政策と思想を、あなたはどのように受けとめますか。「新自由主義」の功罪を、あなたはどう評価しますか。あなたは「新自由主義」とどうむき合いますか。おいしいコーヒーとマフィンを味わいながら、多様な意見に耳を傾け、政治的な対話に挑戦してみましょう。

<参考:第1回政治カフェ(「民主主義」が問いかけるもの)の報告>

政治カフェ@しずおか