422-8529 静岡市駿河区大谷836   TEL/FAX 054-238-4871

TOP   |   研究内容(大西)  |   メンバー   |   発表論文(大西)  |   所属希望者へ   |   アクセス 


研究内容(轟)詳細1    Next (轟 詳細2へ)

1. アブシジン酸代謝不活性化酵素を特異的に阻害する物質の創出

植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(abscisic acid, ABA)の代謝不活性化を阻害する物質を開発し、これを乾燥前の植物に与えることによって、植物の乾燥ストレス耐性を増強しよう、という研究です。私たちが開発に成功したアブシナゾール(Abz)は,植物の乾燥耐性を増強することができます。

ABAは植物の種子や芽の休眠を誘導・維持するとともに、気孔の閉鎖を誘導するなどして植物を乾燥から守る植物ホルモンです。ですから、ABAを溶かした水溶液に種子を浸けておくと発芽が遅れますし、葉っぱにABA水溶液をシュッと一吹きしておけば、しばらく水やりを忘れたとしてもなかなか萎れません。ただ、気孔が閉じっぱなしだと呼吸できず、光合成もできませんので、しばらくは乾燥に耐えてなんとか生き延びたとしても、いずれは枯死してしまいます。だから水が十分に供給されるようになったら、ABAは速やかに代謝不活性化されなければなりません。ABAが植物調節剤としてなかなか普及しないのは、このあたりのコントロールの難しさがあるからなのかもしれません。

そこで私たちは、ABAそのものを与えるよりも、植物体内にあるABAをもっと有効に活かす手段がないだろうか、と考えました。自然の植物は、自分がいつ乾燥にさらされるかをあらかじめ予測することはできません。根や葉の細胞で水分の不足を感じてはじめて「乾いてきた、やばい・・・」となってABAをたくさん作り始めます。乾燥状態になくても、植物は常にABAを作っていますが、そんなに多くは必要ないため、絶えず代謝不活性化することで、ABA濃度を一定の低いレベルに保っています。乾燥状態になると、生合成を活性化すると同時に代謝不活性化を絞り込むことによって、ABA濃度を引き上げるわけです。そこで、乾燥状態になる前にABA濃度を少しだけ高いレベルに引き上げてやり、乾燥中も代謝不活性化をできるだけ抑えるようにして、ABA濃度を高いレベルで維持できるようにしてやれば、植物はあらかじめ乾燥に備えることができると同時に、乾燥への耐性もより強くなるでしょう。これを可能にするのが、私たちが現在開発中のABA代謝不活性化酵素に対する特異的阻害剤なのです。この方法は内生のABAを利用しますので、外からABAをたくさん与え過ぎた場合のように、植物を枯死させてしまう心配はないのです。では、どのようにして阻害剤をつくっているのかご説明します。


(1) アブシジン酸(ABA)代謝不活性化の鍵酵素はP450です

i. P450とは

P450―変な名前の酵素ですが,一酸化炭素と結合すると450 nmの光を吸収するようになるところから,この名前がつけられています。今から50年くらい前にラットの肝臓から発見され,今では,ほとんどすべての生物がこの酵素をもっていることがわかっていますが,面白いことに大腸菌はもっていません。おそらく,太古の地球で最初に生物が誕生したときにはP450は必要なかったのでしょうが,その後,環境変化に適応し多様化する過程でこの酵素が生み出され,今では多くの生物の生命活動に必須の酵素となっています。

酵素というのはどれもこれも驚嘆すべきメカニズムによって,ある物質を別の物質に作りかえてしまいます。P450もまさにそうであり,酸素分子を半分に切断して酸素原子を作り,それをいろいろな物質にぺたぺた引っ付けて酸化する―人間がフラスコの中でやろうとしても難しくてできないような芸当をさらりとやってのけます。石油など炭素原子と水素原子だけで出来ている物質は脂溶性で水には溶けないのですが,P450はこれを酸化して水に溶けやすい物質に変えてしまいます。私たちが脂溶性の薬物や異物を摂取すると,肝臓に存在するP450が水に溶けやすい物質に変換してくれるので,これらを体内に長く留めることなく尿といっしょに排泄することができます。P450は,このような解毒作用だけではなく,コレステロールやホルモンの合成,ビタミンの分解,色素や匂いの素となる物質の生産など,様々な過程に関わっています。

生物がもっているP450の種類の多さは,それぞれの生物によって様々なのですが,植物は微生物や動物よりもはるかに多くの種類のP450をもつことがわかってきました。その理由は完全には解明されていませんが,おそらく環境への適応のためではないかと考えられています。植物は,種子のかたちであれば,風に吹かれたり鳥に運ばれたりして移動が可能ですが,いったん発芽して根付いてしまえば,何が起ころうとその場で堪え忍び生き延びて行かなくてはいけません。何日も雨が降らなかったり,霜が降りたり,虫に食べられたり,菌がついたり・・・苦難の連続ですが,じっとその場で耐える他ありません。それだけでなく,虫媒花なら,虫を誘引するしかけも必要です。環境変化に耐えるだけでなく,環境を利用して生きていくために,植物はP450を使って実に様々な物質を自ら作り出して利用しています。人類は経験的にこれらの物質のことをよく知っており,染料,薬,香料など様々な用途に利用してきました。しかし,それらの多くがP450のはたらきによって作られていることがわかったのは最近になってからです。少し前に話題になった「青いバラ」も,花の青色色素をつくるP450が発見されたからこそ,その遺伝子を組み換え技術で導入して作ることができたのです。植物P450を自由自在に操ることができれば,植物のもつ様々な機能を強めたり弱めたりできますし,青色色素のような特定の物質だけを多く作らせたりすることもできます。微生物のP450に対しては30年くらい前からこのような研究が行われており,真菌(カビ)の生育を阻害する抗真菌剤(殺菌剤)の開発に応用されています。真菌はエルゴステロールという物質がないと生きていけないのですが,抗真菌剤は,エルゴステロールの合成に必要なP450のはたらきを阻害してしまうのです。


ii. ABA 8'-水酸化酵素 CYP707ファミリー

さて,ABAの代謝不活性化に話を戻します。不活性化過程の最初のステップ―8'位の水酸化がもっとも重要であり,CYP707という名のP450酵素が触媒しています。

ABA代謝経路

上式のようにCYP707Aが8'位を水酸化して,ABAを8'-hydroxy-ABAに変換します。この代謝物はABAの10〜50%程度の活性を有しているのですが,化学的にとても不安定なため,すぐにファゼイン酸(phaseic acid, PA)に異性化してしまいます。PAの活性はとても低く,ABAの0〜10%程度です。8'-Hydroxy-ABAからPAへの変換反応は,フラスコ内では勝手に進行しますが,生体内ではひょっとすると酵素が関与しているかもしれません。PAは,さらに環部ケトンが還元されてジヒドロファゼイン酸(dihydrophaseic acid, DPA)になります。この過程には間違いなく酵素が関与していると思われますが,まだ同定されていません。DPAにはほぼ活性がなく,ここまできてABAは完全に不活性化されたことになります。

CYP707Aが最初に同定されたのは,シロイヌナズナという植物からです。現在では,CYP707Aサブファミリーは植物界に広く分布していることがわかっており,これまでに様々な植物からオルソログが見つかっています。




(2) CYP707A阻害剤をいかにしてデザインするか?

i. 内生基質に似せてつくる

酵素に取り込まれて触媒を受ける物質を基質といいます。CYP707Aの場合,その内生基質はABAです。酵素は,ポリペプチド鎖をたくみに畳み込んでくぼみをつくり,そこに基質を誘い込んで捕捉し,効率よく化学反応を行います。ですから,くぼみの形は基質の形にうまくフィットするようにできています。「鍵と鍵穴」の関係に例えられますが,実際にはもう少し柔らかいイメージで,相手のかたちに合わせるように,お互いにグニャリと変形しながら寄り添う感じでしょうか。何れにしましても,基質に似た化合物は,基質と間違えられて酵素に捕捉されることがあり,場合によっては基質と同じような化学反応を受けます。このような化合物は,酵素のくぼみを基質と取り合うかたちになりますので,基質と共存させておけば阻害剤として機能します。

酵素にとって,ある化合物AとBの形が似ているかどうかは,人が見た印象と必ずしも一致しません。十分に経験を積んだ分子デザイナーであれば,酵素の目にかなり近づけるとは思いますが,それでも「へぇ〜,こんな構造のものも,この酵素に結合できるのか」ということが少なくありません。分子と分子の間の相互作用を見積もるのはとても難しいですし,どういう風にグニャリとなるのかを予測するのはさらに難しいからです。最近は,コンピューターを使った分子デザインも活発に行われていますが,まだまだ誤差が大きく,満足のいく精度には到達できていません。それでも,平面構造と立体構造がともに基質とよく似ているような化合物であれば,かなりの確率で酵素に結合することができるだろう,という程度の推測なら,それほど的外れということにはならないでしょう。

このような考えから,私たちはABAに似た化合物AHIをデザインしました。AHIはABAにとてもよく似た形をしていますが,ABAのような生物活性を示さないように,以下に示すような構造と活性の相関(これらも当研究室で丹念に調べたものです)を考慮して注意深くデザインしました。

AHIデザイン戦略

AHI構造

このようにしてデザインした化合物を,次に化学合成しました。合成方法は省略しますが,実に簡単に合成することができます。簡便に合成できる,というのは実用化まで見据えたときにはとても重要なことです。どんなに素晴らしい活性をもった化合物でも,合成するのがとても大変でコストもかかるようだと実用化されません。

AHI1を植物に噴霧すると,植物の乾燥耐性が強まることがわかりました。下の写真は,リンゴの苗にAHI1を噴霧してから乾燥処理を施したものです。少しわかりにくいのですが,無処理区では葉が萎れてめくれ上がっています。一方,AHI1処理区では,葉の萎れはほとんど観測されません。


ii. 酵素の反応機構を利用する

酵素阻害剤をつくる別の方法は,酵素の反応機構を利用するやり方です。P450という酵素は,活性中心にヘム鉄という補因子を持っており,これを使って空気中の酸素分子を活性化して分断し,酸素原子を基質に付加します。これまでの研究で,ヘム鉄に強く結合する性質をもつ化合物が多く見出されています。こういった化合物は,うまく酵素の基質結合部位に入り込めれば,ヘム鉄に強く結合して,基質や酸素の結合を阻害します。また,わざと酵素に反応させて非常に反応性の高い物質を作らせることで酵素を阻害するやり方(自殺基質といいます)もあります。ここでは,前者の方法で作った阻害剤について紹介します。

「P450とは」のところでお話したように,今から30年くらい前に製薬会社や農薬会社で抗真菌剤がたくさん作られました。それらはおしなべてアゾール環という官能基をもった化合物でした。アゾール環というのは,5員環のヘテロ芳香族で,窒素の数によって,イミダゾール,トリアゾール,およびテトラゾールがあります。これらはいずれも炭素原子と二重結合をつくっている窒素原子をもっており,この窒素原子がヘム鉄に強く結合するのです。下のモデルは,ウニコナゾール(uniconazole,UNI)がヘム鉄に結合しているイメージ図です。UNIはトリアゾール環を持つ植物矮化剤で,その窒素原子の1つがヘム鉄に結合します。

Azole-heme

UNIには不斉炭素原子があり,S体は植物矮化剤ですが,R体は抗真菌剤として機能します。S-UNIが植物矮化剤として機能するのは,成長を制御する植物ホルモンのジベレリン(gibberellin, GA)をつくる酵素の一つであるCYP701Aを阻害するからです。ところが,UNIは開発された当初から,どうもCYP701Aだけじゃなくて,いろいろなP450を阻害しているフシがある・・・という報告があり,酵素選択性が甘いのではないかと考えられてきました。そして今から7年ほど前に,S-UNIがABA 8'-水酸化酵素CYP707Aを非常に強く阻害することが明らかにされました。これにより,UNIは少なくとも2つのP450を阻害する多機能性の阻害剤であることがわかりました。

UNI多機能

多機能であることは,いいこともありますが,どちらか一方にだけ効いてほしい場合には,もう一方の機能は邪魔になってしまいます。機械のようにスイッチひとつで機能を切り替えられればいいのですが,分子のばあいはそうもいきません。そこで私たちはUNIの構造を少し変えることによって,UNIの2つの機能のどちらか一方だけを残して,もう一方を消してしまえないだろうかと考えました。

どのようにすれば片方だけを残すことができるかを考えるにあたって,まず,なぜUNIが多機能なのかを考えてみました。いろいろな酵素のくぼみにうまくはまるには,まずはくぼみに侵入する必要がありますので,分子サイズは小さくないといけません。確かに,UNIは分子量が300にも満たない,長さ10Å(1 nm)ちょっとの小さな分子です。さらに,単結合がくるくるまわって,いろいろなかたちをとることができる柔軟な分子です。

UNI構造特徴

では,これらの性質を失わせるような変化を構造に加えれば,UNIの多機能性は失われるのではないだろうかと考え,縦に伸ばしたり,横に伸ばしたり,固めたりした化合物をいくつかデザインして合成し,酵素阻害活性を調べました。

Abzデザイン

その結果,UNIの機能からCYP701A阻害活性だけを取り除き,CYP707A阻害活性を残すことに成功した化合物を得ることができました。私たちはこれらをアブシナゾール(abscinazole, Abz)と名付けました。

Abz構造

Abzを植物に噴霧すると,下の写真に示したように,植物(リンゴ)の乾燥耐性が増強されることがわかりました。

Abz活性


Next (轟 詳細2へ)

to Top
一つ前に戻る